2013/10/29(火)クルマを捨てて歩く!

 ウォーキングをして健康になろう的な内容かと思ったら、クルマがいかに害悪であるかを維持費や道路の整備費用、恐ろしい道具であること、北海道での異常なまでのクルマ依存などから導き、著者自身はほとんどを歩きかバスを活用。最初はクルマを使わない日常が、いかに健康的で経済的であるかを統計データなどを若干都合のいいように解釈している部分もあるなか、著者の語りがどんどん熱を帯びてきて、途中からはバス車内でのマナーを皮切りに、道徳やモラルを遵守せよと説教モード。弱者が安全に過ごすためのクルマ対策の具体的な対策方法や、横断歩道に進入できない遮断機の提案もする。

 著者のあまりもの聖者ぶりに少々立ちくらみを覚える部分もありながらも、モータリゼーション(車社会)が日本の経済の大きな柱になっている事実には目を向けない部分もあり、すべてを鵜呑みにはできないけど、タバコを拒絶しているのになぜ排気ガスは許容できるのかという疑問は読者である自分も共感する部分もあるのだけど、現状で原付に乗りつつクルマがあれば便利なときもあると思う自分もいて、自分の中で葛藤状態でもある。

2013/10/28(月)小飼弾の「仕組み」進化論

「小飼弾の「仕組み」進化論」小飼弾(日本実業出版社2009年)

 オンザエッヂというIT関連会社で技術責任者を務めていたこともある著者による「仕組み」の話。

 著者が会社で実行した保守点検の対策方法やコスト削減に作業効率アップなどの体験話は具体的で面白い。でも、この話題はシステム開発をしている部署限定だし、全体に中間管理職以上の経営者向けで、平社員向けのライフハック的なネタはほどんどないのでご用心。

 最初はものすごく読みやすいと思ったものの、それにしては妙に感動しないというか、同じ作業を100回繰り返すというプログラム的思考の説明は個人的に好きな話題ということもあって調子よく読んでいたんだけど、こう、妙に抽象的というか、「仕組み」という言葉から連想されることをあれやこれやと列挙されてはいるんだけど、それが読んでいる自分にはあまり役に立たないというか。

 作業記録は全部残して車輪の再発明をさけようとか、みんなの進捗状況をメーリングリストで開示して、問題を抱えこまずに助けあう伝達方法とかはなるほどと思いつつも、この本は一体なにを語っていたのだろうと、読み終わった直後から曖昧模糊としたぼんやり状態で、どうも首をかしげている。

 こういった分野を自分自身がほとんど考えたことがなくて意見がない状態だからだろうか。なんともモヤモヤした読後感である。

2013/10/27(日)ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか2

「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか2」大森藤ノ イラスト・ヤスダスズヒト(GA文庫2013年)

 ダンジョンで定番RPGものの2巻目。今回はダンジョンでの戦闘シーンがそこそこ多めで、荷物持ちを専門にしているサポーターのリリルカ・アーデを雇いれることで、迷宮の情報を教えてもらったり、戦闘に集中できたりとさらなる成長をして読んでてわくわくする。

 サポーターという設定もよく練られてて面白いし、各種ステイタスが急速に成長するベルのチート具合も読んでて気持ちいい。

 ベルはさらにモテ属性が上がったのか、女神さまたちにもみくちゃにされたり、年上のギルドのエイナもベルのことを意識したりとハーレム展開してる。酒場「豊穣の女主人」で働くシルもその一人で。毎日弁当をベルに渡したりしてるけど、物語的にシルの扱いがぞんざいで泣ける。で、そのシルなんだけど、他人の物を勝手にベルに渡すくだりは、読んでて腹黒キャラなのかと思ったり思わなかったり。

 そんな明るいテンションなんだけど陰湿な面もあって、酒づくりが趣味のソーマ神の、そのファミリアの運営の仕方が辛辣で、そのファミリアに属するリリルカも影響されて、物語が暗いネガティブな展開になってる。感動的なカタルシスのためもあるのだろうけど、なんでそっちにもっていくのかと。

 1巻からすごく気になってることがあって、ベルを大事に大切に思う面々がいながらも、なんで単独でダンジョンに行かせるのかと。ほかの駆け出しの冒険者とパーティを組ませるとかあるだろうに。

2013/10/26(土)さらば脳ブーム

「さらば脳ブーム」川島隆太(新潮新書2010年)

 著者の実証研究により、単純な計算問題を解くと老若男女を問わず脳が活性化することがわかり、認知症患者の治療にも驚くほど役立つことが判明する。

 ほかにも、ミッションバイクの運転や料理のほとんどの調理工程でも脳が活性化することが確認されながらも、皮むき器(ピーラー)を使用している時やハンバーグの種を手でこねている時には逆に不活性化したとか。計算問題も単純な問題以外の複雑なものになると抑制されるとか。

 テレビゲームでの実験ではこんなことが書かれていた。

「ゲームソフトに慣れていない時は、ゲームの手順を覚えるためであろうが前頭前野の盛んな活動が観察される。しかし、ゲームで楽しく遊べる程度に慣れてくると、とたんに抑制がかかりだすことがわかった。」

「単純な計算問題を速く解かせると、驚くほど大脳左右両半球の前頭前野が活性化したが、同じように計算は必要ではあるが、ゲームとしての楽しさを追求して「よく作り込んだソフト」で遊ばせると、前頭前野には何故か強い抑制がかかった。」

 そして、脳トレブームが巻き起こったときの社会反響。メディアに取り上げれると数々の批判を浴び、そのたびに著者は激怒していたことを吐露している。

 本書のなかでちょっと唖然としたことが書かれていた。年間に4万円程度の費用ですむ計算療法を国や自治体で広めてもらえれば、巨額の税負担を減らすことができるとして、著者が当時の財務官僚に進言したときの返事部分。

「学習療法を施策として動かしても、政治家を始め誰にも旨みがない。国の施策にできるかどうかを考える際、『利用者である国民が幸せになるかどうか』は二の次なんです。例えば、介護予防のための筋トレ装置だと数百万円以上するので、これが厚生労働省の施策としてすぐに取り入れられる。お金のかからない学習療法のような方法は、その効果を万人が認め、政治家も役人も『民の声』が無視できなくなった時に、初めて施策にのるものです。それまでは努力を続けるしかありません」


 お金を稼ぐことに罪悪感があり、儲かったお金は全部東北大学に寄付しているそうでビルが2つ建ったとか。きっとそのビル、「川島ビル」とか「脳トレビル」とか呼ばれているに違いない。

 著者は自らを勝ち組と認識しており、たしかな根拠もなく批判してきた人たちに様々な恨みつらみを言い募っている。本書の最後に書かれている言葉が後をひいた。

「ざまあみろ! 私の勝ちじゃ!」

2013/10/25(金)アリス・リローデッド (2) ヘヴィ・ウェイト

「アリス・リローデッド (2) ヘヴィ・ウェイト」茜屋まつり イラスト・蒲焼鰻(電撃文庫2013年)

 1巻は魔女ゾォードの破滅魔法を阻止する話。で、この2巻はロッキーことロクサーヌ・ラヴォワ(ショットガン使いの少女)の死を回避する話。なんだけど、やっぱりエクスキューズのない唐突な過去回想には混乱してしまう。

 人格を持った銃のマグナムは、アリスを含めた仲間が全員死ぬという体験を一度しており、それを過去に戻されての歴史改変を実行中で、本来の歴史とは違ったもうひとつの未来(セカンドフューチャー)を幻視するようになる。

 でも、やっぱり相変わらずの感情移入しづらいメインキャラクターたち。ロッキーの家庭事情で感動話があるんだけど、これが定番ネタというか、既存すぎるというか消化試合的で淡々と感じてしまった。どうしたいんだこれわ。

 むしろ超距離狙撃手の敵であるロックフェリーのほうがキャラが立ってるし、この人物は殺される運命にあるんだけど、やむにやまれぬ事情があってのやらされていたことで、殺さないでほしいと内心で思っている自分がいた。しかし、ここにきて殺人をためらう描写をいれてくるとは思わなかったぜ。

 読了後に時系列を確認するためにザッと再読したんだけど、最初の80ページぐらいに伏線をぎゅうぎゅう詰め込んでて、あれこれ込み入った構成をしているんだけど、これはしんどすぎるかと。すべての伏線が回収されて収束する場面では、それなりの驚きを感じて感嘆をもらしたんだけど、うまくいってない、もったいない。

 独特の翻訳ルビはけっこう気に入ってるんだけど、ネット感想を読んでるとダサイとか萎えるとか散々な言われようで、あれれと思った。そんなに悪くないと思うんだけどなあ。

2013/10/24(木)成功する人は缶コーヒーを飲まない

「成功する人は缶コーヒーを飲まない 「すべてがうまく回りだす」黄金の食習慣」姫野友美(講談社プラスアルファ新書2011年)

 普段の悪い食習慣を見なおして、体調を万全にしよう。ついでに食習慣とはまったく関係のない女性上司と女性部下との付き合い方も指南してくれる。

 コーヒーを常用すると、一緒に含まれている砂糖によって血糖値が乱高下し、やがては低血糖症になり、普段からイライラしたりうつ病になったりするリスクがあるという。

 砂糖や米に穀類やラーメンはさけよう、卵や肉を食べよう。要するにそんな内容なんだけど、引用や統計データなどをもとに、体内での化学変化メカニズムを詳細に書いてて、まるで論文を読んでいる気分になる。

『缶コーヒーに限らず、菓子パン、和菓子やケーキなどのスイーツ、スナック菓子、せんべい、白米、ラーメン、うどんなど精製された糖質の摂りすぎは、血糖値を急激に上昇させ、膵臓からインスリンを分泌して血糖値を下げるように働く。このとき眠気や倦怠感が起きるわけだが、急激に血糖値が下がると脳にブドウ糖が供給されなくなるため、脳は緊急事態と判断して慌てて血糖値を上げようとする。そこで脳内では、血糖値を上げるホルモンのアドレナリン、ノルアドレナリンを分泌して血糖値を上げようとする。本来ならば安定供給されるはずのブドウ糖の供給が不安定になるため、糖を摂っていても脳でエネルギーとして利用されないという不思議な現象が起きてしまう。』

 うーん、自分には読むのがしんどかった。

 それ以外では、たとえば野菜ジュースは期待されている成分の摂取は絶望的であって、糖尿病になるリスクを高めるだけとか、昔ばなしの桃太郎とかぐや姫の性格を栄養学の観点から判断するコラムは興味深かった。

 ただ、デスクワークをしている社会人にはこの改善方法は可能かもしれないけど、重労働な肉体労働に従事している人にはどうなんだろうかという疑問もなくはない。

 それからほんのちょっと気になったんだけど、「炭水化物」というワードの使用をさけているのか、図版で1回使っているのを見たぐらい。著者はなにか思うところでもあるのあろうか。

 全体に食生活の改善方法をあまりにも断言・強要していて、それが一種の信仰心みたいな思想主義と酷似してしまい、こういうのはよほどうまくやる必要があると痛感した。

2013/10/23(水)ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか

「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」大森藤ノ 絵・ヤスダスズヒト(GA文庫2013年)

 ダンジョンものかと思ったら、そんなにダンジョンは重要ではなかった。むしろ、主人公のベル・クラネルが所属するファミリアの、神様であるロリ巨乳のヘスティアがベルにべた惚れで、だけどベルにしてみれば神様なので、恐れおおくて恋愛対象にする以前の問題で、常に一線を引いている、というほうが主題の様子。あと、未熟者のベルは、なぜか根拠のないモテ要素がある主人公補正を備えている。

 作中では、ドワーフやエルフにコボルドミノタウロスなど定番の既製キャラが出てきて、さらには英語に現代用語のスラングなんかが出てきて、少し違和感はあったか。でも、こういうものだと思えばそんなに気にならない。

 神様たちがどうして人間界に存在するようになったのか。退屈になった神様は人間にちょっかいをかける娯楽を見い出し、能力をほとんど制限されながらも人間界に降臨。モンスターを倒せる恩恵を人間に授けるかわりに神様の運営するファミリアの構成員になってもらって養ってもらうとか、ファミリアの規模を大きくするといった様々な形態があって、どこか会社運営にも似たこの要素が自分的にツボだった。うまく伸びてくれると嬉しい。

 物語はベルの心情語りパートと、全体の状況を客観した三人称パートを使い分けているんだけど、どうもこの切り替えというかベルの語りにどうしても慣れなくて話に没頭できなかった。個人的には三人称でお願いしたいところ。

 それにしても、おっぱいわしづかみイラストはエロすぎるだろ。

2013/10/22(火)空気を読むな、本を読め。 小飼弾の頭が強くなる読書法

「空気を読むな、本を読め。 小飼弾の頭が強くなる読書法」小飼弾(East Press Business2009年)

 読書が面白くなりはじめたという読書初心者向けなのだろうか。一日の読書量が常人をはるかにこえる小飼弾による読書のススメ本。

 クソ本を見ぬく方法やエロ本に官能小説は商品として優れているとか、本は中古で安く買えなど、出版社からすると心穏やかではない内容が多い。あと、内容が薄いです。

 著者が読書に関して思いついたことをかたっぱしからあげていった感が否めないというか、どこか一貫性がなく、チグハグとした印象がぬぐえない。ひとつの話題が終わるともう別の話題に次から次へと転じていくので、話の整理をするのがちょっと大変だった。あと、表紙から作中の無機質なイラストやデザインなどに妙に赤色を多用しているけれど、作者のイメージカラーなんだろうか。

 本の中で著者は新書が最高と発言しているわりに、この本はDVDのパッケージサイズで、どうしてこうなった。

 なにはともあれ、中学校に通うのがバカバカしくなった著者は、母親の許可のもと登校を断絶して図書館通いをするようになったという破天荒な人生を歩んでいる。幼少期から抜群の記憶力をもっていたらしく、語学習得もやすやすとこなすなど天才の片鱗を見せている。一度、著者の半生記か生い立ちなど、じっくり書かれたものを読んでみたい。

2013/10/21(月)カナスピカ

「カナスピカ」秋田禎信(講談社文庫2010年)

 異星人によって地球に設置された観測衛星が隕石と衝突して落下し、イケメン少年に変化。女子中学生の坂巻加奈が、イケメン少年のカナスピカと出会ってなりゆきで交流し、内心ではまんざらでもない様子で付き合っていくうちにいろいろな出来事やいろんな人達と遭遇し、ちょっとした非日常を体験する、という話。

 青春小説としては王道か。そして少しSF風味。冒頭の一行からして「加奈が下校中、空を見上げる確率は四万七千六十四分の一だ。」と明確な数字が使われる。

 なので、相当のSFになるかと思いきや、ファンタジー風味程度にとどまっており、あくまでも加奈の日常が主体であって、じっくりと加奈の心情やなんやかやが丹念に描かれている。なのだからかもしれないけど、物語としては相当なスローテンポで展開していくので、自分は早々にこういうものだとして覚悟を決めて読んでいた。

 加奈が容赦のないちょっとした暴力を受ける場面もあるけれど、市役所に宇宙人対策室があったり、そこの役人さんがどこかネジが外れた天然人物であったりと、全体にコメディテイスト。加奈をとりまく友人や家族環境も、イジメといった陰湿なものもなく、ほんわりとしたものが全編に漂っているのがちょっと珍しい。

 人間の少女と意識をもった人工衛星という日常と非日常のド定番のやりとりを堪能しつつ、相当に昭和のジュブナイルテイストだなとさらに思いつつ、それぞれの関係が最後にはどうなるのかをあれこれ妄想しながらラストを迎えた。ほんのりあたたかい余韻が残った。

 坂の上になぜ学校があるのかの理由が、自分にとってのセンスオブワンダーであった。

「明らかな矛盾がある時には、単純なほうが正しい」

2013/10/20(日)アリス・リローデッド ハロー、ミスター・マグナム

「アリス・リローデッド ハロー、ミスター・マグナム」茜屋まつり(電撃文庫2012年)

 ドジっ子だけど銃撃に関しては脅威の潜在能力をもつアリスが、地面から掘り起こしたのは意思をもって喋ることのできる銃のマグナム。マグナムの指示のもと、アリスは幼女魔女のゾォードによる世界殲滅を阻止することに。

 過去と現在と未来のそれぞれのシーンがエクスキューズなしに切り替わるので、場面を理解するのが大変。それに加えて、マグナムが完全なる語り手となっているのだけど、「誰がどうした」という注釈がないので、まるで銃のマグナム自身が人間になって歩き回っているのかと思うことしばし。

 やや難のある構成だけど、銃や西部劇に関する用語や造語などはセンスを感じて楽しめた。

 ところがなのだけど、アリスを含めた主要キャラたちが、今そこにいるはずなのに、なにこの空気感。存在感がおそろしく希薄。目的地に向かう道程でのやりとりががまるでないとか、ちょっと奇妙。

 マグナムが過去をもう一度やり直すというループ的設定は、自分的にヒットするところがあって、読み進める牽引力になっていたのだけど、治癒とか付与などの弾丸魔法が登場した途端に、急速に萎えるものが。まさか、そういう世界観だとは思ってなかったというか、こういうのを出すとなんでもありになるので、口惜しいというかなんというか。

 それぞれのゾォード討伐メンバーにあれこれ指示を出すマグナムだけど、ことごとく失敗するというか、ある部分ではドジっ子アリスが勝手に暴走する場面があって、そこはギャグ展開として愉快だったものの、マグナムはどうやら人の上に立つ指揮官(武将)としては無能だと思われ。そこが自然と物語のキモになるのだけど、これをうまく活用しきれてないというか、なんというか。

 世界観と時間巻き戻し設定など、ある部分では作りこんであるのに、多くのパーツが既成品で、ここは残念無念。あと、アリスは容赦なく悪人を射殺してて、それに対して良心の呵責がまったくないのは、引っかかるものがあった。
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